Ⅷ 花道中
「……で、何でモランさん達もいるんですか?」
「姫様の護衛だからだ」
「以下同文」
せっかくお嬢とラブラブランデブーだったのに、とむくれる紫乃の頭を不機嫌そうなモランが叩く。
「それにしても窮屈ね。二人とも、歩いてついてくればいいのに。さあ、馬車から降りて」
「ローリアさんそれひどくないですか」
「一台で行くって言ったのはアリシア様よ。それもこんな……簡素で、小さいの」
「すばらしいわ! なんだかとっても、ワクワクしない?!」
すっかりはしゃいでいる様子のアリシアに、ローリアも口を閉じる。
「それにしても姫様、マリア様と連絡がとれたというのは本当なのですか?」
早朝、荷物をまとめて城を出た四人。
『お姉様に会って、話したい事があるの』
モランの私室を尋ねてきたアリシアは、逆らえない何かを瞳に宿らせているようだった。
戦争の発端となり、殺人を犯したアリシアの姉マリア。十年前までモランは彼女に仕えていた。
何故、とマリアに問いたい事が山程あった。それは妹であるアリシアも同じなのだろう。しかし何か、別なものをそのアリシアの瞳に感じた気がしたのだ。十年間仕えた主人が初めて、これほどまで強く見せる意思を支える何かを。
「え、ええ。カルスの町で待っていると仰っていたわ」
「……姫様、くれぐれも言っておきますが私たちの身分は——」
「商家の娘とその親友とお付き達でしょ! わかっているわ」
普段身につけるものより簡素で、少女らしい清楚さを漂わせる空色のワンピースに身を包み、結い上げた髪を楽しげに揺らすアリシア。
「なんでローリアさんだけ親友なんですか」
「いいじゃん。ね、アリシア様っ」
ローリアも黒ずくめの護衛の制服とは一変、鮮やかなグリーンのワンピースを嬉しそうに“お付き”の二人へ見せつける。
「全く……遊びじゃないんだぞ、ローリア」
「お小言ばっかりも楽しくないじゃない」
ねっ、と再びアリシアに同意を求めたが、当の本人はなぜだか上の空のようだった。
「アリシア様ー?」
「あ、え、何?」
「ローリア、姫様はお疲れになっていらっしゃる」
厳しく制するモランに、ローリアも溜息を吐いて窓の外を眺め始めた。
「何ぃ、アリシア様と三護衛が消えた?!」
「は、はっ! 現在国軍が全力で城近辺の捜索を行っております!」
ここはレゼーヌ城、アリシア一行が旅立ってから三時間後、レゼーヌ王国近衛隊アルディメント騎士団団長室に、団長アレックスの声が轟いた。
「どういう事だ! まさか……拐かしに——」
「それはないわね」
頬の高揚が一気に下がり青ざめるアレックスを、アリアナ女史が冷静に諌める。
「三護衛も一緒に失踪したのよね?」
「はっ! 最小限の荷物と金をそれぞれ持っていった様であります!」
「荷物と金、ね……。そろってバカンスかしら」
皮肉まじりに呟くアリアナに、兵士の喉がごくりと鳴る。
「なんの連絡も聞いてないぞ……しかもこんな……ティアラも盗まれたというのに……! 姫に何かあったら私は……」
「落ち着いて、アレックス。大丈夫、姫様は恐らく無事でしょう」
アリアナは兵士を下がらせ、アレックスと向き合った。
「くっ……何を根拠に!?」
「まず」
ぴん、と立てた人差し指をアレックスの目の前にかざす。
「護衛も一緒に消えたっていうこと事は?」
「ご、護衛も拐かし、に……?」
「あの三護衛に限ってそんな事はないでしょう。というか姫以外さらう必要あるの?」
疑問系で否定されるとダメージが大きいのをアリアナは知っている。彼女はこの、戦闘に関するセンスと実力は抜群な騎士団長が面食らう顔を見るのが、幼少の頃から堪らなく好きだった。
「……そんなに強いのか? あの護衛共は」
「モラン・ローゼンタール・ナイトレイ。王家に代々仕える名門護衛貴族、ナイトレイ家の長男にあたり、槍術、剣術共に秀で『一族きっての鬼才の持ち主』とも謳われる程。ローリア・メンドラー。幼少の頃、王国において歴史の長いメンドラー家の養女に出され、王宮に仕え始める。噂では、メンドラー伯が酒の席で試しに大剣を握らせてみたところ、軽々と操った上にその場にいた全員を酔ったついででバラしかけたという」
「バラし?」
「彼女には酔うと人間を解体し始めようとする悪癖があるの」
どこかで聞いた事があったかもしれない、と思考を巡らせるアレックス。レゼーヌ王国の怪談話の中に、深夜、「ざしゅざしゅ、ばらんばらーん」とスキップしながら大剣を振り回す鬼の話があった気がする。
「紫乃・グリズ。第八五六回目のレゼーヌ王国闘技会において、バルドー候のどら息子ガイルズに勝利し、当時わずか十五歳で優勝を果たしたという」
「ああ、あれは気味がよかったな」
アレックスの生家、シェフィールド家とバルドー家は古くから騎士団長の座を争ってきたライバルであり、特に女遊びが派手で怠惰な次期当主ガイルズとアレックスは犬猿の仲だった。
「まあ一部の噂では、その回の闘技会への出場者はバルドー家側が用意した“さくら”がほとんどで、ガイルズが優勝した暁にはアリシア姫の正式な婚約者として国中に公布する予定だったらしいわ」
「ああ。私に出場許可が出なかったのはそのせいだろうな」
「決勝であっさりと負けてしまったけれどね。で、何故だか知らないけれどアリシア姫たっての願いで紫乃は護衛に採用されたわけ」
「確かシャールとのハーフ、だったな? あの黒髪は」
「ええ。でも育ちはこっちらしいわ」
この国で黒髪を持つ者は珍しく、王宮でもアリアナか紫乃くらいだろう。故に護衛として仕え始めた頃は皆の注目の的だった。
「因に、王宮に仕える女性使用人達の間でモランに次いで密かな人気を誇っているわ。可愛らしい雰囲気よね」
「幼い、というか子供のようだな。それで、紫乃に関する情報はそれだけなのか? 他は家柄がはっきりとしているが、彼は庶民の出だろう」
「ええ……。確かに、謎な人よね。まあ、皆姫様に五年以上仕えている、信頼の置ける護衛達だけれど」
「ん……そうだな。実力もそれなりのようだし……しかしそうすると、何故四人揃って失踪したりなど……?」
室内に沈黙が訪れる。“情報不足”がものを言っていた。
「案外、姫様の気まぐれとかだったりしてね」
「ははは」
「あはは」
反響する乾いた笑い声。どちらも、目元に怖いくらいの真剣さを宿している。
「……どちらにせよ、ティアラと姫の捜索、そして政治犯などの可能性もあり得る為、国内外において情報収集、と一時たりとも気を抜けん状況だな」
「お疲れさま。頑張ってね」
温かく繊細な作りのケープを羽織り、アリアナは団長室を後にする。冬も終わりが見えてきたとはいえ、まだ肌寒い。結露した窓からは窺えないが、レゼーヌの山々は今日も悠然とその白い峰を誇っているのだろう。
「おい、どこへ行く」
「ちょっと色々考えてくるわ。情報収集、なんてね」
あれもこれも何もわからない状態で部屋に籠もりっきりは、腐敗の方向にあると言い残し、捜索に駆り出されて人気のない軍事棟の廊下から、煌びやかな本棟へと足を運ぶのだった。
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